家族のしゃべり場

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むすこにとっての私。私にとっての息子。

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読書は苦手。

私が本を好んで読んでいたのなんて、小学生の頃で終わっています。

その頃は続きが楽しみでワクワクしていたなぁ。

 

それからは本を読む機会がなくなり苦手意識が気付けば強くなっていました。

 

だがしかし。今年は違う。

 

“苦手”と決めつけて遠ざかることが自分の人生においてマイナスなんじゃないか?と思える瞬間が最近あったのです。

 

 

職場のパッと見苦手なひと

うわ〜この人と絶対合わないわ~と思う人が居ました。

あまり関わることもなくやってこれていたのが先日の契約更新に伴いその人と同じ部署に配属され、嫌でも関わらなきゃ行けない状況となったのです。

 

頭に浮かんだのは『あー先が思いやられる』

 

 

そんな風にボヤく私に職場の人が言ってくれたのです。

 

“あんな感じだけど、根はいい人だよ。自分が構えてしまうと相手も同じ。まずは自分からフラットに声をかけてごらん”

 

この時、そんなことあるわけない!と否定せず素直に受け入れられた自分がいました。

きっとそれはその人が安易に同調せず、だけど否定するわけでもない答え方だったからなと思います。

 

私はさっそくいただいたアドバイスを実践しました。

フラットに挨拶を交わし、「分からないところを教えてください」と声をかけました。

 

それからどうでしょう?

相手も少しずつフラットに接してくれるようになったのです。

 

これは私の人生で初めてのことでした!!

嫌な人ってずっと嫌な人のままだと思っていたけれど、それは自分がそうしていたんだと。

 

100%じゃないけれど、少なからず自分の中で決めつけてシャットダウンすることで相手にもそれは不快なものとして伝わっていたと学びました。

 

 

苦手なものこそ挑むぞ!

 

それをきっかけに私は今年は“苦手なことや苦手な人を決めつけずに関わる”ことを目標にしました。

 

その1つが、【読書】だったわけです。

そして昨日、たまたま寄った本屋さんで見つけたのがこちら。

 

 

これを読んでびっくりでした。自分や夫に当てはまることばかりで胸が痛かったです。

 

 

溺愛しがちな母から息子。

我が子を愛することって当たり前であり、ネガティヴなイメージはありません。

育児本などにも、愛情をたっぷり受けた子は心身ともにすくすくと健康に育つとよく見かけます。

 

しかし、何事にも限度があるんですよね。

愛情の表現の仕方はそれぞれもちろん違っていてどれが正しいなんて言い切れないと思います。

 

今回、私は自分の育児に迷いが生じた。不安になった。それは少なからず変化した方がいいと思ってるから感じるものなのかもしれない。

この本を読んでそう思ったのです。

 

私は息子が生まれ本当に可愛くて可愛くて、息子のためなら無理をしてでも頑張れました。

それが娘が生まれたことにより、自分の心に余裕がなくなったのです。

息子への接し方が、愛情という名の厳しさにいつのまにか変わっていたのです。

 

1つ例を挙げれば私の夫の話ですが、夫は素直さにどうも欠けています。素直に謝れない。素直に表現できない。

我が子には謝れない。ありがとうが言えない。人間にはなってほしくない。といつしか強く思うようになりました。

 

うん、うん、当たり前だよね!と思われるこの内容も度を超えたらどうでしょうね。

そんなことをこの本は教えてくれたんです。

 

伝えることも確かに必要。叱らなきゃいけないこともある。

だけど、それは何度も繰り返していたら右から左へ流れてしまい、何も響かない。

 

子供はちゃんと親の背中を見ている。

 

だからこそ、こんな人にはなりたくないな。って子供が自分で思える基礎だけ親として補助してあげればいいんだと。

 

その後の選択肢はあくまでも子供自身に任せること。

 

この話で言えば、基礎がきちんとしていれば子供自身が謝れない人やありがとうを言えない人を見て「あれ?なぜこの人は謝れないんだろ?」「なぜこの人はありがとうの一言が言えないんだろ?」と自分で疑問を抱き、自分は気をつけようと思える

 

最後まで教えるのではなく、自分で気づかせる力。

 

これって本当に大切なことだなぁと本を読んでいて感じたんですよね。学ぶことを奪ってはいけない。

私もそうだったなぁ。ってことありませんか?

 

例えばいくら親に「危ないよ!転ぶよ!痛い痛いするよ」と言われても実際に転んでみないと、痛みってわからないですよね。

教えることは大切だけど、手を貸すくらいで全てを奪ってしまってはいけない。

 

子は親の鏡と聞きますが、本当にそうなんですよね。良いところも悪いところも親に似ています。

 

逆を言うと子を叱る前に冷静に考えてみれば、自分は同じことをしていないだろうか?そんな風に考えることも必要なのだと思います。

 

もし、自分が同じ言動をしているならそれをまず自分が変える必要がありますよね。

その変わろうとする姿もきっと我が子もきちんと見ているはずです。

 

あなたが大好き。だから手助けするよ

大好きだってことや、大切だってことは無条件に伝え続けてあげた方がいいのだそう。

それが安心になり自信になっていく。

母だけは自分の味方なんだと思ってもらえる。

 

私は息子のことを所有物と思ったことは一度もありません。だけど、いつか息子の人生を私がズカズカ決めてしまいそうと、ふと思ったんです。

 

息子はなかなか優柔不断でネチネチしてるところもあるので…見ている側はなんともじれったい。

そんな姿を見ていたら、もうこれでいい?なんてつい口癖で人生さえも決めてしまいそうで怖くなったんですね。

 

それは、絶対にしちゃいけない。

 

息子には息子の歩いていく道があり、私には私の道がある。

 

 

あっちを左ね!

 

これは右に行かないと危険よ!

 

あぁ!これはまっすぐ!

もう!だから言ったでしょう!!!

 

 

なんて、言われる子供の気持ちわかるんですよ。

わかるからこそ、そこを生かしたい。

 

◉道に迷った時は手を貸すよ。

◉立ち止まってもいいんだよ、どうにかなる。

◉私はあなたの味方だから。

 

 

これだけあれば、あとは私たちの姿を見て吸収していくんですよね。。。

 

親の表情や背中は子に伝わる

母親がいつもため息をついていて、疲れた顔をしていたら子供ってどう思うんでしょうね。

私は自分の母がそうだったので、とにかく喜んでほしくて空気を変えたくて気を遣っていた記憶しかありません。

 

それを親が感じ取っていたかは別としてね。

 

それは今でも抜け出せない闇レールとなってます。人の気持ちに敏感で気にして出来ないことたくさんありました。

でもそういうのって疲れて疲れてしょうがないんですよね。

 

それに反して本当にどうでもいい人にはとことん嫌な部分を見せてしまったこともあります。

 

 

ニコニコ母ちゃんで在りたい。

育児なんて頑張れば頑張るほどいい方向に向かないんじゃないか?って経験者の話や育児本を見て思うんですよね。

 

もっと肩の力抜いて、適当なくらいの方が親も子も笑えるんじゃないかなって。

 

私も仕事して、家に帰って育児めっちゃしんどいです。そのまま寝たいです。いや、むしろたまに限界だ!って時は少し寝かせてもらいますし。

 

夫もそんな時は感じ取って労ってくれるときもあります。

 

オンオフがあるから次に繋げられるんじゃないでしょうか?

 

 

母が笑顔でいればみんなが笑顔

母親がハッピーな気持ちで居ればそれは語らずとも周りに伝染して行く気がします。

反対にイライラしてる時に限って子供はぐずったりしますよね。

 

私は気持ちがハッピーになることが何なのか今はまだ具体的にわかっていません。

しかし、以前からやりたいと思っていたホットヨガの体験に行くことを決意しました。

 

運動不足なのもそうですが、仕事をして気づいたんです。筋力が思っている以上に衰えていることに…。肩こりが原因だと言われましたが、ホットヨガは肩こりやストレス発散、ダイエットなどの効果が期待されています。

 

今の私にはぴったりです!

 

心と体の老廃物を出せる機会がずっと欲しかった。それが何なのかは人それぞれだと思います。

 

 

最後に 

いろいろ書いてきましたが、言わせてください。

完璧な人は居ません。どこか欠けているものです。

 

以前、夫が過去に犯した過ちを持ち出されこんな風に言われたことがあります。

 

“今さら、なにを綺麗事言っちゃって”

 

人を傷つけたり、悪いことをした人がどんなに最もらしいことを言ってもこんな風に言われてしまうのは仕方ないことかもしれません。

 

だけど、それはきっと今を見ていない人なんですよね。今の夫を知らないんです。

 

過去の夫しかその人の記憶にはないんです。

そんな人の言葉を全て受け止めていたら前に進みたくても進めません。

 

無かったことにはできないからこそ、気づき変わることができるんだと思います。

 

私も同じです。たくさん誰かを傷つけ、傷つけられながら痛みを覚えました。

 

変化を求めるのも子供や夫以外の誰かのためとは思ったことありません。

誰かの言う通りに育児するつもりもありません。

 

よく経験者の方からこうした方がいい!

こうするべき!こんなことも必要だよ!と言われることがあります。

でも、アドバイスはあくまでもアドバイス。

それが我が子に合うかどうかは親にしかわからないことだと思うのです。 

 

私の亡き父や夫の身内もそうですが自分の経験や価値観にないものを否定しがちです。

正直、私も夫もそれが面倒です。古いな〜って。

 

上記にも書いた通り子に選択肢を残す。

私たちも誰かの子であり、上の世代の方の所有物ではありません。

自分たちで自分たちの道を基本的には選んでいくんです。

 

 

反対されても注意されても進まなければわからないのです。

 

 

自分が大切だと思う人にだけ大切なことが届けば最終的にはそれでいいと思っています。

 

こんな風にいろいろ書いたものの…さて実戦となるとなかなか難しいですよね。

それもゆる〜く考えすぎない程度にやっていけたらなと思います。 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。